手元供養という言葉は2002年8月に設立した京都の博國屋の店主である山崎が名付けました。遺骨をプレートに加工して自宅で供養する方法など供養方法としては以前からありました。そこから徐々に広まっていき、2005年にNPO手元供養協会が発足してから、さらに全国に広まっていきました。

 

京・清水焼のお地蔵さん


博國屋が開発した手元供養品は、清水焼のお地蔵さんになります。京都で生まれ京都で育ったようなもので、手元供養の代名詞といっても過言ではないでしょう。

歴史が永く続いている窯元で作ったから良いモノのではなく、お買い上げ頂いた方からの声を聴くと、ほとんどが、「お地蔵様に癒やされた」「優しい笑顔にホッとした」「心が穏やかになった」など、骨壷のオブジェとしてだけでなく、手元供養の役割である”グリーフケア”としても、このお地蔵さんは活きているのだなと思います。

今や全国で手元供養が


今や手元供養品は、京都だけでなく、全国で購入でき、インターネットを使えば、全世界でも購入できるものとなっています。

弊社のように、京都らしい技術を使ったもののように、地元の名産で作ったような手元供養品もありますので、故人の希望の形や、残された人が心から供養できるような手元供養品をお選び頂けたらと思います。