墓離れしても供養離れはしていない。手元供養の良いところについて -手元供養のことなら京都博國屋
「〇〇離れ」という言葉は、今まで当たり前にやってきたことから、離れていくことを言います。
特に若者がタバコや、ギャンブル、ゴルフに車、結婚、お酒、テレビから離れているらしいです。個人の趣味嗜好が変わったといえばそれまでですがね。
若者だけではなく、全体の話として「お墓離れ」という言葉もあります。上記の「〇〇離れ」と同じ意味でしょうか?お墓だけの比喩でしょうか?手元供養との関連も含めてお話します。
お墓はいらない?
〇〇離れの多くは”欲”がなくなったという具合でやらなくなったや、経済的な理由でできなくなったなどの理由があります。お墓離れの場合は、それだけではなく、お墓の存在意義というか、お墓がなくても供養ができる時代になってきたからです。
お骨の行き先はお墓というのはもう古い
「自分が死んだら、どこのお墓に入るんだろう?」「自分は長男じゃないから、自分でお墓を建てなければ…」と自分の死後は、お墓ありきで考えていました。
しかし今は、散骨したい、納骨堂に入れる、樹木葬がいい、永代供養墓ってなんだろう?とお骨の行き先には複数の選択肢があります。その中の一つに手元供養も含まれます。
お墓の負担
お墓というのはそのシステムから、継承するものであり、昨今の少子化や、ライフスタイルでお墓を維持することが難しい、維持費やそもそもの建設費の経済的負担があるなど悩みの種となっていました。
継承しないお墓として永代供養付きのお墓、経済的なお墓として納骨堂、供養への自由度から散骨など、終活ブームと合わさって色々な方法が出てきて、お墓の悩みが解決されることになりました。
供養はこころ
お墓を建てることだけが供養ではなく、納骨してから何をするか、故人をどう想っていくのかが供養になると思います。手元供養は、身近で故人を偲びたい、経済的な理由から、お墓は建てることができないが、手元供養はできる。
継承する必要がないい、手軽にでき、自分らしい、故人らしい供養ができるなど、手元供養の良い所は現代のニーズにあった供養方法だと思います。
お墓を建てなくても心からの供養ができる、お墓以外の選択肢を知ってもらって、納得のいく供養ができることを願います。